「もう一つの年少者日本語教育−継承語教育の課題」
中島和子(名古屋外国語大学)
佐々木倫子(桜美林大学)
津田和男 (国連国際学校、New York)
向野也代( ポートランド州立大学)
湯川笑子(ノートルダム女子大学)
継承語としての日本語教育(Japanese as a Heritage Language, JHL)は、日本語がマイノリティー言語である環境で育つ日本人、日系人子女の日本語の習得・後退・喪失にまつわる社会的、心理的、社会心理的、教育的、言語的問題を扱う分野である。学習者個人の言語習得・言語保持の問題であると同時に、海外の日系社会の日本語・日本文化存続の問題でもある。もともと継承語教育は、米加、南米諸国への移民に伴って始まった特殊教育である。海外移民が始まってすでに100年近くになるので、継承語としての日本語教育は、日本語教育の中でも最も長い歴史を持つ分野の一つであると言える。にもかかわらず、国内では、とかく忘れられがちな領域であることから、「もう一つの年少者日本語教育」というタイトルをあえて選んだ。また従来JHLの対象としては年少者が中心に考えられてきたが、実は中高生、大学生にも関わる問題であるという認識から、当パネルでは幼児(パネル4)、中高生(パネル2)、大学生(パネル3)対象の課題も取り上げた。
継承語教育は最近国内外で新たな注目を浴びている。もともとスウェーデン(Hiltenstam & Arnberg, 1988)、オーストラリア(Scarino, et al., 1988)、カナダ(Cummins & Danesi, 1990; Cummins, 1991c; Denesi, 1993)を中心に生まれてきたものであるが、最近米国でも、有用な「言語資源」という観点から、大学生、中・高生対象の継承語教育(heritage language education)が盛んになっている(Brecht & Ingold, 1998; Krashen, et al., 1998; Wiley & Valdes, 2001)。一方国内では、公立小中学校に在籍する外国人児童生徒の知的発達、情緒安定、人格形成の上で、母語の保持・伸長の重要性が認識され、母語育成教育のノウハウが必要とされている。
3代以上世代を越えて継承できたのはユダヤ人とロマ(俗名ジプシー)だけと言われるほど、飛び火した少数言語と文化の子孫への伝承は難しい。これまで母語の70%は3代で消えると言われてきたが、ボーダーレス時代を迎えて、人の移動が激しくなるにつれ、最近は母語が2代で消えると言われる。自然放置すれば消えてしまう継承語を人為的に育て、時代の要請するバイリンガルの人材づくりが可能かどうかはまさに継承語教育にかかっており、この意味で継承語教育は21世紀の大きな課題である。
このような時代の要請に鑑み、当パネルでは、継承語教育一般の課題に焦点を当て、日本語にこだわらずに朝鮮語を継承語とするケースも含めた。パネル1(佐々木)は南米日系社会をケースとして日本語継承の実態を分析、2、3代で消えない継承語教育のあり方の模索、パネル2(津田)はインターナショナル・バカロレアの継承語プログラムを実践者の立場から分析、アイデンティティとアカデミック・ランゲージの両面から中・高生対象の継承語教育のモデル化を試みる。パネル3では、米国オレゴン州大学生の継承日本語学習者を対象に、「ことば」に対する意識を調査・分析、継承語学習者の言語意識の特徴を明らかにする。パネル4(湯川)では、在日コリアン3〜5世のイマージョン方式による朝鮮語教育を取り上げる。民族教育の一環として行われてきた日本最大規模の継承語教育実践は、海外の日系社会の活性化や国内の外国人児童・生徒の言語教育の在り方を考える上で、貴重なデータと示唆を与えてくれるものである。
<詳細は以下を参照されたい>
問題提起:「JHLの枠組みと課題-JSL/JFLとどう違うか」
中島 和子(名古屋外国語大学)
パネル1:「3代で消えないJHLとは?――日系移民の日本語継承」
佐々木 倫子 (桜美林大学)
パネル2:「中等教育とJHL:アカデミック・ランゲージとアイデンティティ」
津田和男(国連国際学校、 New York)
パネル3:
向野也代( ポートランド州立大学)
パネル4:「L1教育からイマージョンへ―朝鮮学園の継承語保持努力の事例から」
湯川笑子(京都ノートルダム女子大学)