佐々木倫子「3代で消えないJHLとは?—日系移民の日本語継承」


「3代で消えないJHLとは?――日系移民の日本語継承」
佐々木 倫子(桜美林大学)
Ⓒ2003 SASAKI
母語・継承語・バイリンガル教育研究会
パネル1:「3代で消えないJHLとは?――日系移民の日本語継承」
佐々木 倫子 (桜美林大学)
はじめに
 本発表は、以下の3点について行った。
(1)3代を待たずに消えるとされる移民の言語継承の実態を日系集団にかいま見た上で、(2)南米での日本語継承を妨げる要因を中心に整理し、(3)3代で消えない言語継承が起こり得る状況に何が必要とされるかを考える。18人の現役日系日本語教師への半構造化インタビューから得たデータの一部をもとに、先行研究とあわせて考察したい。
1.日系社会における日本語継承の現状
かつての日本から海外への移民の流れは、次の世代の日本語継承問題を引き起こした。移民の言語シフトはどの言語集団にも起こることであり、早ければ二世代でそのプロセスが完了する。日系社会も例外ではない。第二次世界大戦の影響もあり、ハワイなど北米地域での英語への切り替えは無論のこと、南米でもポルトガル語、スペイン語への切り替えが急速に進み、現在、2言語能力を具えた人材を輩出しているとは言えない現実がある。(小沢:1972ほか)
以下の日系二世教師が見た南米における日本語の現状例からも、それがうかがわれる。(文中の「K6」とは日本で研修中の日系日本語教師で、インタビューの6番目の協力者を意味する。)
K6(ブラジル):三世でももう話せないから。四世、五世、どんどんどんどん日本語がなくならないように習えたらいいなあと思います。
K11(アルゼンチン):田舎の二世は日本語はしゃべってスペイン語もわかる。街の二世はスペイン語は完璧なんだけど、日本語は全然わからないから、もうスペイン語になっちゃってるんですよね。
K16(パラグァイ):継承語としての日本語が今はもうどんどん少なくなって変わりつつあるっていう中にいるんです。(パラグァイの日本語は)消えていくと思います。(略)日系人が減ってきているんですよね。(略)ほとんどが仕事がなかったりとか、(略)日本に引き上げてくる人たちもかなり多いです。それで今年、学校(注:日本語学校)が複式になってしまったんですね。
効果的な教育的介入がなければ言語シフトは短期間に完了するが、ではこれまでどのような教育がなされてきたのか。日系の子どもたちに対する教育は、初期の日本への帰国を視野に入れた日本人教育に始まり、現在は現地語を母語とする子どもに対する、外国語としての日本語教育の時代だと言われている。日系社会の子ども達の教育のために、ボランティア的精神で尽くしてきた多くの人びとの努力にもかかわらず、言語継承という面だけに限ればあまり成果をあげてきたとは言えない状況もある。(鈴木:1994、深沢:1995、佐々木:1996、渡辺ほか:1999 ほか)
その流れは、大きく4段階に分けられよう。
(1) 日本学校 
日本精神を学ぶことを目的とし、日本語による“教育”が行われた時代である。「単なる日本語という言葉の教育だけではなかった。日本人であるべく教育することであった。『和魂伯才』(略)ブラジル人としての才能を備えながら日本人としての魂を忘れない二世を作ることであった」(宮尾:33)。
(2) 日本語学校 
日本式しつけを重んじ、体育、書道、裁縫などを行い、母語としての日本語である国語の教育を行う。日本語の位置づけに変わりはないが、「日本語で子どもを教育していく」というより、「日本語自体を教えること」が目的化し始めた段階を指す。第1段階の延長上にあるが、子どもたちは現地の学校とあわせて日本語学校にも通い、「誠実、正直、勤勉」といった“日本文化”の継承、国語能力の育成を目指す教育を受けた。やがて、家庭およびコミュニティでの日本語運用機会の低下とともに子ども達の国語能力は落ち、日本語学校の教育は、「意味のよくわからない国語教科書の書写教育に近い」と形容されることも出てきた。
(3)(外国語/継承語としての)日本語学校 
構造シラバスにもとづいた教材で言語教育を行う。もはや国語教育では通用しないと言われ、基礎的な文型から積み上げていく言語構造重視の、外国語としての日本語教育が強調される時代となる。日本語能力試験の合格などを目標とする。
(4)(年少者のための外国語/文化紹介)学校
年少者の場合、「日系」といった文化的背景を共有する子ども達、日本に興味を持つ子ども達が集まり、文化紹介・動機付け・楽しさといったものを重視する教育を受ける場という位置づけがされる。ひとつの学校でも、成人の学習者の場合は、外国語としての日本語教育に徹した、言語構造重視の効率的言語教育を行い、年少者のための動機づけを主たる目的とする教育とは分けて考える傾向がある。
 
K11(アルゼンチン二世教師):週に1回は絶対覚えるチャンスがないと思うんですよね。ですから、無理やり日本語を覚えさせるより、楽しく6年間過ごして、卒業したあと、15とか16とか18とか20になったら、小学校で過ごした時間を思いさせて、「ああ、楽しかったな」、「ああ、また、ああ日本語を勉強したいな」という気持ちになってほしい。
K13(ブラジル二世教師):日本語は科目として、普通の学校(注:現地の公的教育)に入れたほうがいいと思う。みんなちょっと反対していますけど。(略)科目として入れたら、ブラジル人全員知る機会があるので、それは一番いいと思っています。
上記のK11のコメントからは、週に1回だけの授業では日本語の定着がまずのぞめない、動機づけの授業であると認識されていることがうかがわれる。K13からは、外国語としての日本語の位置づけが感じられる。両者ともに、ことさら日本語を「継承語」とする視点は見られない。しかし、K11、K13自身は子どもの時に継承語として日本語に接し、現在の自身の言語能力を形づくっている。
新天地で新しい人生を目指す人間が現地の言葉にシフトすることは、ある意味で当然の流れである。しかし、21世紀は人の往来と通信がいっそう活発化し、異なる母語を持つ話者同士の接触場面がさらに増大する時代である。人は国という枠組みからもっと自由になり、個人としての選択幅が広がる。そのような時代には、確固とした「個」を持った上での多文化・多言語能力が強く求められるだろう。その時代に、はたして“自然な言語シフト”を傍観するだけでいいのだろうか。
さらに、国境を越えた移動に伴う言語環境の変化は、豊かな多言語能力を生む機会ともなるが、ひとつの言語すら不十分なレベルに留まる機会ともなる。日本国内では、いったん言語シフトの完了した出稼ぎ者の子どもたちが厳しい言語環境のもとに置かれている。教育を受ける機会が、言語手段の点から十分には与えられているとは言えない状況がある。これ以上の犠牲者を生み出さない、つまり、権利としての言語の点からも、多言語能力を備えた人材の社会的貢献という人的資源としての言語の点からも、言語シフトの傍観という態度は捨てられるべきであろう。望む人には、効果的な教育的介入を可能にするシステムの整備が求められる。
2. 日本語継承の負の要因
南米という日本から地理的にも離れた地域は、日本語継承において、様々な負の要因を抱えている。以下に主たる要因をあげる。
(1) 社会的変動
各国の移民政策、言語施策等の変化、また、戦争などは言語継承に大きな影響を持つ(三田:1995)が、もっとゆるやかな変動として、日系人の出産率の低下があげられる。他のエスニックグループとの結婚率が上昇し、ブラジルでは四世世代の62%が混血だとされる。(人文研)
しかも、村上(1997)が指摘するように、日系社会は中国系などに比べて新移民が少ない。新たな人の流入が限られるのは北米だけでなく、南米にもあてはまる日系社会の特徴なのである。さらに、かつての移民は固まってコロニアと呼ばれる入植地・移住地に住んだ。しかし、都市への流出が起こり、移住地の日系組織は崩壊しつつあるという。
(2)受け入れ社会の多言語状況
Doi Elza (2003.3)は、ブラジルの多言語状況について触れているが、南米地域は移民の国々であり、移民の出身地域の言語がそれぞれ持ち込まれている。無論、ブラジルに例をとれば、ポルトガル語が国の言語としてきわめて優勢であり、大規模言語調査の「日本語観国際センサス」においても普段の生活で話す言語の1番目に流暢である言語は98.6%の人がブラジル・ポルトガル語としている。次に、英語の優位性は否定すべくもなく、同センサスで「今後、世界のコミュニケーションで何語が必要となると思うか」という問いに対して、英語は母語の27.5%を抜いて、一位の72.2%を示した。ただ、日本語に関しては、イメージが良いという結果が出ている。「非常に好き-23.4%」、「やや好き-33.0%」は、「非常に嫌い-24.7%」、「やや嫌い-9.9%」からどちらに比重が傾くかは明らかである。しかし、現実に学んでいる人は限られているのだから、単なる社交辞令とも見られる。やはり、ブラジル社会全般を見回せば、英語教育の重視、さらに、多言語状況の中で、日本語は限られた母語話者の集団によって用いられる、非常にマイナーな言語である点は他の項目から見ても否定できない。(新プロ「日本語」総括班・研究班1:1999)
(3)言語運用領域・言語運用形態の限界
家庭内での日本語運用は、圧倒的なブラジル・ポルトガル語を前にして、低下を続ける一方である。日本語でなければコミュニケーションが持てないというドメインも減少する。例えば、宗教ドメインの早期言語切り替えなどもそのひとつの例である。日本の宗教は早期にポルトガル語に切り替えることによって、ブラジルに浸透していったという。日本語保持への貢献度という点からは残念な現象となる。六世になっても家庭内言語がドイツ語だというドイツ系集団移住地がしばしば対照的な例としてあげられるが、「聖書を読む場合あるいはお祈りをする場合、ドイツ語でなければありがたみもないし、祈りの実感もなかった(略)」(宮尾2002:259)はそれなりの影響を持つだろう。
家族、および、近隣の日系人との会話のみに限られる言語手段として使われる日本語に、どうしても習得しなければならないという大きな価値を置くことはむずかしい。しかも、家族との会話も、圧倒的に優勢な言語であるポルトガル語で間に合うとなれば、当然そちらを使うことになる。
K12(ブラジル二世教師):(父母から日本語で話しかけられて)あまり意味がわからなくてね。別にいいかと思って。(笑)(略)ほとんど意味がわからなくて、「はい、いいえ」と「わかりません」「わかりました」そればっかりでしょ。(略)答えられなかったら、なんかバシッとやるから。(笑)それだけだよね、記憶に残って。「わかりました」とか「ありません」とか。
K14(ブラジル二世教師):うちで(日本語が)話せるのは私だけなんです。(略)(父母がずっと日本語で)やってれば良かったんですけど、やらなかった。(略)一世なのに、父はほとんど家にいなかった(略)。母はいたんですが、(忙しくて)ほっぽり出されて。
 (4)「日系」への帰属意識の欠如・反発
「日系社会」や「コロニア」という語と、「古い」「経済的困窮」「社会の本流からはずれた」といったイメージとが結び付いてしまった例もあるとされる。高学歴の日系人と「コロニア」を支えている人たちの意識との間の乖離(宮尾2002)なども指摘されている。外見から何代になっても「日本人」と言われ、日本人であれば日本語が話せる、日本文化を知っているといった期待を持たれることへの反発が生じることも多い。ポルトガル語では堂々とした雄弁な知識人が、日本語は方言色の強い、一世代前の、家庭・日常生活領域の話し方であったりする。それを自身の都会育ちの子供に伝えたいとは考えない。外国語を学ばせるなら英語を選択するという人も多い。
しばしば指摘されるが、日系の子供は非常に学習動機が低いのに対して、非日系の子供は目を輝かせて日本語を学ぶという。さらに、ダブルの子ども達もふえ、外見も「日本人」から離れつつあるという社会の流れもある。
 (5)経済的要因
日本語能力を維持することが、必ずしも経済的効果を生むとは限らない。出稼ぎの持つマイナス要因も現在は周知されている。南米の日系企業でも英語のできる人材を求めて、日本語ができることの経済的効果がないという状況もある。
(6)物理的距離と交通・通信の発達
交通・通信の発達がめざましい現代にあっても、物理的距離の大きさはやはり負の要因となる。飛行機に乗った場合、はるかに短時間で北アメリカに着くのである。当然、日本との連携の弱さ、往来のコストの高さに結びつく。
逆に、訪日機会が増えたことや衛星放送などで、日本の情報がかなり日常的に手に入り、もはや遠くにあって想う国、父祖の地として憧れを持つ国ではなくなったということもある。
K14(ブラジル二世教師):私と同じ世代、ほとんどと言っていいくらい、日本語が話せない。(略)二世で。(略)ほとんどの人が戦後の移住者ですよね。(略)日本に出稼ぎに来ても覚えない。(略)努力しなければ覚えないし、ほとんどの人はそういうことにはまったく興味がない。もったいないんだけど。今は日本のテレビも見ない。衛星放送でブラジルの番組が入ってきてますし、ビデオとかも前からありましたので。
(7)言語的距離の大きさ
言語の習得を考えるとき、言語間の距離は無視できない要因となる。表記システムや語順などに見られるように、日本語とポルトガル語との間の言語的距離は大きい。かりに同じ学習時間を使ったとして、ポルトガル語母語話者は、スペイン語を学習すればはるかに高いレベルに到達できるのである。
(8)文化的距離
言語同様に、文化的な距離もまた大きい。日本政府の自国語自国文化普及事業の弱さもあり、優れた翻訳ひとつとっても、量的に欧米諸語にくらべて劣位に立つ。学会などの通訳が出来る人もきわめて少ないために、文化的な交流が限られるという現状がある。それだけ、伝統文化をはじめとする、日本に関する多様な文化との接触・理解も限られる。
(9)教育的介入の未整備
日本語教育はボランティア的精神にたよることで連綿と続いてきた。日本語教師は「移民の落伍者」という考え(宮尾:150)、日本語教師に対する社会的評価の低さがあったことは否めない。それが優れた人材の定着をはばみ、人がしばしば入れ替わる現象を生み、日本語教師の専門性の欠如、教授技術の低さに結び付きがちであった過去がある。JICAをはじめとする日本からの援助はかなり行われてきたが、物的リソースのひとつである教材ひとつとってもなされるべき整備はまだ多い。奉仕の心と他からの経済的裏付けがなければ日本語教師を長く続けることはできないとされるゆえんでもある。しかし、逆境の中でも熱心に研修会に参加し、技術をみがいている先生も少なからず見られるのも事実である。現状では現地における教師同士の連携もいっそう望まれ、さらに、日本国内の教師との連携は今後に俟つ状況にある。
3. 3代で消えないJHLのために
日系だからと言って、日本語を継承しなければいけないものでもなければ、そのようになるわけでもない現実を見てきた。また、移住先がひとつの言語でまとまるという言語政策をとっている時に、移民の継承語環境が整備されることを強く期待することも難しい。南米等の地域における日本語継承について考えるとき、まずそれが各個人による主体的選択という点は共通に認識されるべきである。
ただ、これまでも「個」による選択がなされ、努力はされてきた。しかし、親が子どもに日本語を勉強しろ、勉強しろと言うこと、親が日本語でコミュニケーションを持とうとすることはある程度の効果を持ったが、万能ではないことも見てきた。インタビューした多くの日系日本語教師が、親の強要がかえって負の要因となることを述べている。例えばK14さんは「親とは本当に会話しなかったと思う」と述べている。(佐々木:2003)
では、何が良質のインプットとなったのか。K14さんは漫画をよく読んだという。さらに雑誌も読んだという。
――日本語で書いてあるもの、なーんでも読みたいと思って読んだ。ただ、文学的とかそういうもの読んでれば良かったんですけど、そうじゃなくて、「家の光」とか婦人なんとかとかあるじゃないですか。そういうのを読むのが好きだったんですよね。――
 「私が日本語を覚えた時が子どもの時だった」からK14さんは日本語のトータル・イマージョン方式をとる幼稚園教育に今後のキャリアをかけたいと考えている。
 ブラジル移民開始からまもなく100年、四世の時代を迎えようとしている今、まず手をつけるべきことを2点あげたい。
(1)日本語環境の的確な把握
 日本語の雑誌や新聞の購読、衛星放送の受信、書籍、ビデオ、カラオケ、日系組織での活動、家庭内言語使用、職場での言語使用など、どの領域で日本語が維持されているのか、どの領域で日本語からポルトガル語への言語シフトが見られるのかの細かい調査が望まれる。また、国境を越えた移動の時代が実現している今、日本訪問、日本在住機会も日本語環境の把握の際、重要な要素となる。現在大阪大学21世紀COEプロジェクト「インターフェイスの人文学」・「言語の接触と混交」研究班によって、ブラジル・日本両サイドの研究者によるブラジル日系社会の言語調査が進行中であるが、ブラジルでの調査地域は2か所に過ぎない。多くの人々によって、他の地域の的確な把握がなされることが望まれる。
(2)  言語環境の有効な利用のための情報の収集と伝達
第2のステップとして必要なのは、日本語環境をどう言語の習得・維持に結びつけるかについての情報である。子どもに日本語を継承させたいと願っている周囲の大人が、まわりの日本語環境を認識せず、どちらかと言えば言語習得・維持に結びつきにくい教育をとるといったことも見られる。日本語の人的・物的リソースのリストとその有効な利用例をわかりやすく説明する情報が行き渡ることが望ましい。教室内で“教える”ことのみに集中せず、各人の日本語環境の活かし方を設計する能力の育成が、日本語教師研修などと結びつけて考えられるべきであろう。
これまでは情報の乏しい中での言語シフトが起きてきた。今後は、的確な情報に基づいた、個人の意識的言語選択の実現が望ましい。どのような選択であっても、各人の選択は尊重されるべきものであるが、言語継承の難しさも、意味も知った上での選択であってほしい。そして、言語継承の選択がなされたときには、遠隔教育等を含んだ多様な支援体制が用意されているべきである。そこに3代で消えないJHLが見られることになろう。最後に、インタビューに気持ちよく付き合ってくださった日系日本語教師の皆さんに感謝し、今後の連携が続くことを切望してやまない。
<参考文献>
小沢 義浄(編著)(1972)『ハワイ日本語学校教育史』ハワイ教育会
佐々木 倫子(1996)「ブラジル人の日本語学習環境」『日本語とポルトガル語(1)』国立国語研究所(刊)くろしお出版 
佐々木 倫子(2003)「加算的バイリンガル教育にむけて―継承日本語教育を中心に―」『桜美林シナジー』桜美林大学
サンパウロ人文科学研究所(2002)『日系社会実態調査報告書』(非売品)
新プロ「日本語」総括班・研究班1(編)(1999)『日本語観国際センサス 単純集計表(暫定速報版)』文部省科学研究費(創成的基礎研究費)「国際社会における日本語についての総合的研究」
鈴木妙(1994)「ブラジルにおける日本語教育 ―サンパウロ大学を中心に―」『世界の日本語教育<日本語教育事情報告編>』第1号 国際交流基金日本語国際センター
高木眞理子(1992)『日系アメリカ人の日本観 -多文化社会ハワイから―』淡交社
田中 圭次郎(1985初版・1997第3版)「第8章 アメリカにおける『日系人』・『日本人』子弟の日本語・日本文化教育」『多文化教育の比較研究』九州大学出版会
深沢リジア真澄(1995)「85周年を迎えたブラジルの日本語教育」『世界の日本語教育<日本事情報告編>』第2号 国際交流基金日本語国際センター
前山 隆(1996)『エスニシティとブラジル日系人 ―文化人類学的研究―』御茶の水書房
三田 千代子(1995)「二つの『排日』を超えて ―ブラジルの移民政策と日本移民」『ラテンアメリカ 人と社会』新評論
宮尾 進(2002)『ブラジルの日系社会論集 ボーダレスになる日系人』サンパウロ人文科学研究所 
村上由見子(1997)『アジア系アメリカ人』中公新書1368 中央公論社
渡辺 栗原 章子・一甲 真由美 エジナ(1999)「ブラジルの日本語教育をめぐる現状と展望」『世界の日本語教育』第5号 国際交流基金日本語国際センター
Doi Elza T.(2003.3)「ブラジル多言語環境における日系社会の言語」国際研究会「越境する日本語―ブラジル日系社会の言語をめぐって―」