第2回議事録「母語・継承語・バイリンガル教育研究会-外国人児童生徒の言語能力をどう把握するか」

第2回 「母語・継承語・バイリンガル教育を考える会」研究会
November 28,2003
-外国人児童生徒の言語能力をどう把握するか-
於:国際文化会館
プログラム
1.18:30?19:05 
「母語・継承語の語彙の特徴ー語彙調査に向けてー」
(名古屋外国語大学 中島和子・国立国語研究所 石井恵理子)
2.19:05?19:40 「JSLバンドスケールの使い方 -子どもの日本語能力を何のためにどう測るか-」
(早稲田大学 川上郁雄)
 
休憩
3.19:50?20:30
全体討論 外国人児童生徒の言語能力をいかに把握するかを中心に 
(司会 桜美林大学 佐々木倫子)
   
『母語/継承語の語彙の特徴?語彙調査に向けて?』
中島和子・石井恵理子
1.課題:日本人教師が新来外国人児童生徒の母語/継承語の力をどう把握するか。
   ●何のために?
   ●日本語の力の把握とどう違うか?
日本語の力は教師が把握することができる。母語の場合、その力をどう把握するかが問題である。
マイノリティーの子どもたちの学力の測定、語学力の測定は非常に難しく、理想的な評価ツールはない。
・標準化されたテストを使い、その解釈を別枠で考える
・ノンバーバルのみを使う。しかし、評価する必要があるのはバーバルの方である。
・新しいスケールを使うこと。しかしその標準化ができない
・母語(パーソナリティーの一部になっている言語)のリソースがどの位かというのがその子どもの教育の参考になる。子どもが日本にいる場合、日本語習得にはプラス思考で積極的に取り組むが、母語の場合はマイナス思考になり、消極的になる。
2.国立国語研究所児童生徒プロジェクトで使用した口頭語彙テストについて
    ●56枚の絵カード(原案:岡崎敏雄先生、国立国語研究所が仕上げたもの)
    ●#1?44物の名称(名詞)、#45?49動き(動詞)、#50?56描写(形容詞)
    ●生活語彙(全て)日本語の力をみるには差が出ないため役に立たないが、母語の方は差が大きく出るため、有用。
    ●L1(中国語とポルトガル語)、L2(日本語)同じものを使用
    ●語彙研究のためのテストではない。
    ●聴解力/読解力(TOAM)と会話力(OBC)と父母意識調査の一環としての語彙力
3.分かったこと
(1)L1語彙とL2語彙の違い(資料1)
特に中国語では個人差があることが分かる。ポルトガル語も母語の方では個人差がある。
 
(2)3要因(滞在年数、入国年齢、年齢)との関係(資料2)
ポルトガル語の方は、滞在年数、入国年齢と非常に関係がある。日本語の方は滞在年数と関係がある。中国語の方は3つ全て関係がある。日本語の方は滞在年数が大きな要因であることが分かる。つまり、新しいことばには滞在年数が大きな要因、母語の方は入国年齢が大きく関わっている。
 
(3)会話力との相関(資料3)
学校教師が母語で会話力テストを行うのは現実的ではない。語彙テストの方は簡便であり、可能である。調査ではウォーミングアップ・気分をほぐすものとして使用した。資料3は口頭語彙力と会話力の関係を示したものである。ポルトガル語の場合、8割の相関関係、日本語の方は少し下がるがやはり強い関係があることが分かった。中国語の方は語彙力テストでほぼ会話力が予測できると言える。このような語彙テストは母語リソースをどのくらい持っているかということを踏まえて教育のプランを立てるのに、ある程度役立つ。
(4)事例いくつか(資料4)
 
4.今後の課題
    ●国立国語研究所のデータ公開 
生データの公開は研究目的で収集したものなのでいますぐできるわけではなく、整理が必要である。様々な条件をクリアした段階でいずれ公開を考えている。口頭語彙テストの方は現場で役に立つものとしてご利用いただけるものなので、自由にお使いいただくための作業にそろそろとりかかる段階にある。(石井)
国立国語研究所のデータのように母語と日本語と、ある程度の枠組みで同じように大量にとったデータは貴重である。これらを共有し、データを更に集めて大きくしていくために、こういう会を通して母語の力のある研究者に協力を求めたい。(中島)
    ●口頭語彙テストを活用しては?
    ●母語会話データ全体の分析について
『JSLバンドスケールの使い方?子どもの日本語能力を何のためにどう測るか?』
川上郁雄
2言語、多言語環境にある子ども達についての研究は、日本では新しいことだが、海外では歴史があることであ
る。これから日本社会においてどのような方法で進めていくのかについて、03年秋の日本語教育学会の発表に続
く形で話をしていきたい。
1.はじめに
今回の発表の位置づけ:
a.拙論(2003) 「年少者日本語教育における「日本語能力測定」に関する観点と方法」
『早稲田大学日本語教育研究』第2号、pp.1-16.早稲田大学大学院日本語教育研究科
b.学会発表(2003.10)「年少者日本語学習者の日本語能力測定の方法?JSLバンドスケールの試み?」
『2003年度日本語教育学会秋季大会予稿集』pp.125-130.日本語教育学会.
これらを踏まえて、さらに「JSLバンドスケール」を解説する
2.問題の所在
 ・文部科学省:「日本語指導が必要な外国人児童生徒の受入れ状況等に関する調査」の曖昧な基準
 ・学校現場:「当該児童生徒の日本語能力をどう把握し、どう指導するか」の指針が持てない状況
 ・研究者:これまで、「日本語能力」を測るためのいくつかの試み。十分に普及していないし、現場の課題の解決につながっていない。
 ↓
「JSLバンドスケール」の開発
理由:「日本語指導が必要な児童生徒」とは誰かを明確化することが最大の課題
3.日本語能力をどうとらえるか
L..F.Bachman&A.S.Palmer(1990)の第二言語能力モデル:
「言語知識、ストラテジー能力、メタ認知的ストラテジーを含むもので、話題の知識、情意スキーマ、言語使用の状況などとの相互作用的枠組みの中で言語を使用する能力」
⇒総合的測定法(integrated approach)
4.何のために
  ・子どもの言語がどのように発達していく途上にあるかを把握するため(動態的な言語理解の観点)
  ・言語能力をどのように指導すべきかを考えるため(教育的指導の観点)
  ・教育的指導の必要度を確定し、支援の継続性を維持するため(教育行政的支援の観点)
5.どう測るか
 ・『JSLバンドスケール』(*)を使用。
 ・上記をもとにした、「日本語能力チェックリストを使用(別紙参照)。
 ・学習活動あるいはアクティビティの中で、「観察」して「測定」する。
 ・定期的に「測定」することにより、言語発達の動態性を把握する。
 ・結果をもとに、指導内容、指導方法の検討、および教育行政への反映。

「誰に対してどのような日本語指導をどれくらいの時間行うべきか」を明確化
*現在、「試行版」を印刷中。全部で約90レベル、130ページほど。
小学校低学年レベル「話す」レベルのバンドスケール(別紙資料参照 )
日本語の表現だけに限らず、遊んでいる時や日本語が分からなくなる時、どういう態度を示すのか、母語を使っていくのかという総合的な日本語能力を、外部から見てヒントになるようなことをまとめて、レベル分けを行った。
小学校中高学年用バンドスケール(別紙資料参照)
 
例) 3年生10月に日本語レベルゼロで来日、現在4年生のモンゴル出身の女子
今年7月のレベル 「読む」3  「書く」4  「聞く・話す」5
 
「聞く・話す」の方が早く伸び、「読む」「書く」が遅くなるという傾向が全体的にあるが、それがここにも現れている。
バンドスケールの使い方
一つ一つのレベルを把握するためには、表の中にある中黒の●を一つ一つチェックするとよい。目の前に指導
している子どもの特徴がどれに当たるかをチェックし、一番多い特徴が集まったところがそのときの子どもの発達の度合いと考える。このバンドスケールを使うことによって、先生自身の指導がどうであったかを振り返ることができる。
6.実践研究と検証作業
 ・早稲田大学大学院の「年少者日本語教育実践研究」
  新宿区教育委員会と連携した「日本語教育ボランティア」派遣を実施。その中で、院生が児童生徒に日本語指導を行いつつバンドスケールを使用し、指導内容や指導方法について検討を行う(=「教員養成」と「教員研修」へ)
 ・学校現場や地域での検証作業
  仙台市およびつくば市(*)での検証作業。学校の日本語指導担当教員と地域における日本語指導ボランティアの方々に使っていただく。
  *つくば市:「帰国・外国人児童生徒と共に進める教育の国際化推進地域」事業(文部科学省)
7.今後の課題
 ・03、04年度の「検証作業」の継続
 ・「実証研究」を通じてJSLバンドスケールの各レベルに応じた日本語指導の方法についての研究
 ・上記ふたつを踏まえ、指導方法とセットにした「JSLバンドスケール」を普及
 ・行政と社会への働きかけ
新宿区の場合 
毎年100人の子ども達が編入学してくる。このような子ども達は、多少会話ができるようになってくると、
あとは担任の先生に任せる形になっている。ところが、このバンドスケールを使用すると、実はレベル4.
5だったということ等に気づく。指導すべき子どもの数は相当数いるはずである。子ども達が継続的に指導
を受けられるようなシステムを全国で考え、社会に働きかけていかなければならない。
・「年少者日本語教育学」の構築
新しい教育領域を打ち立てていく必要性
19:50?20:30 全体討論
・4月の新入生の振り分けの時にJSLバンドスケールは活用できるか。
当初は指導の中で使っていただきたい。プレイスメントテストの役割はない。現場の先生が経験的に使っていただくことはあると思う。
・JSLバンドスケールの項目はどのようにして決めたのか。何か参考があったのか。
アメリカのESLを見て、探してきた。その後、オーストラリアでの調査を持ち帰り、参考にした。子どもの言語発達というのは重なる部分があると思う。詳細は1.はじめに の aの論文に参考文献が載っているので見ていただきたい。バンドスケールでは例を示しているが、今後はこの例の数も増やしたいと考えている。
・7.8レベルは日本人児童と同等と考えられるのか
7レベルになると、ネイティブに近いレベルになる。学年相応の学習状況に対応できているかということである。しかし、ある部分は不足している。特に文化的情報が挙げられる。これは学校では特に教えないが、日本にいれば自然と入っているものをさしている。文化的とは何かということについては限定的には書いていない。桃太郎の昔話を知っているかどうかというのではない。学力や考える力については、現場の教員が経験で知っているもので、言語発達の流れの中での気づきがある。
・JSLバンドスケールにある読み、書き、の1A、1Bとは何のことか
レベル1Aは母語による教育を受けてきた子どもたち。1Bとは母語による教育を充分受けてきていない子どもたちというグループ分けである。海外では色々な場合があるので、配慮をしたほうがいいと思った結果である。
・動態性とはどういう含みがあるのか。
例えば、夏休み母国で過ごした低学年の子は日本語がレベルダウンしていたという。子どもによっては日本語力が停滞したり、戻ったりすることがある。つまり、それらはペーパーテストでは測りえない。また、4技能のバランスも把握していく。縦断的、横断的研究だけでは日本語力を充分に全体的にとらえきれていない部分があると考えており、それを総合的にとらえるのがバンドスケールである。
・JSLバンドスケールと他のテストとの相関関係はどうなのか。
1つのアプローチですべてが分かるわけではないので、色々な調査方法をリンクし、相互補完的に見ていくとよい。どういう風に子どもの言語発達を支援していけるかというのが大切である。そのためにどんなスケールを使い、どういう指導法ができるのかというのを議論していかなければならない。
指導のためのスケールと研究のためのスケールはまったく違う。私たちはOBCを研究のために使った。
プロセスのある時点をとって、その段階で全体がどうであるかというのを知るためのテストを行った。
OBCはカナダ日本語振興会では同じものを使った指導案がある。OBCはポルトガル語6段階、日本語
7段階(日本語は敬語意識があるため)の評価がある。(中島)
・先ほどレベル5が一つの基準になっているとのことだったが、これは「読む」「書く」と「聞く・話す」とどちらをさすか
どのレベルまで指導をするかやめるかというのは、子どもによって違う。指導がいらないと思っていた子どもでも、バンドスケールでみると、発達段階であることが分かる。日本語力をどう伸ばすか、どう指導していくかのきっかけとなればいい。
・教師によって評価が異なる場合はあると思うが。
今後の検証の上で考えていきたい。汎用性を持たせていきたい。
・漢字力の影響はどうつけるか
漢字を少なくすると読めても、学年相応程度にすると読めなくなることがある。しかし、それだけで読む力を判断することはできない。今後この問題を乗り越えていかなければならない。
・バンドスケールを日本に取り入れる際、文化的な側面など日本の教育のやり方を考慮したか
日本の学校文化、日本のやり方をバンドスケールに入れてしまっても、現場の先生はそれを意識しないでいる場合が多い。そういうものを視野に入れ、日本の学校のコンテクストを踏まえながら集約していきたいと考えている。
「もう一つの年少者日本語教育?ニューヨークからのニューウェーブ?」
なぜ今日本語教育と継承語教育なのか(意味)世界のグローバル化の課題と教育の構築の根拠 
津田和男
アメリカでは3つのJHLの型がある。 
・ハワイ型(移民、労働者など)
・カリフォルニア型(戦後。俗に言う2,3世)
・脱国民型(新しいタイプ、若い女性がアメリカへ来る)
 
問題は、子どもたちの継承語である。脱国民型が増えるにつれ、NYでは継承語という名前の必要性自体が問わ
れる等JHLの新しい動きが出始めている。
英語教育とは言葉を覚えるだけでなく、英語で議論ができる教育をすることである。脱国民型の子どもたち、親
御さんはプレゼンテーション能力で悩んでいる。1対多の中でのコミュニケーション能力がJHLの問
題点となっている。
母語、継承語、バイリンガル研究会
プレゼンテーション@国際文化会館
「もう一つの年少者日本語教育?ニューヨークからのニューウェーブ」
なぜ今日本語教育と継承語教育なのか(意味)
世界のグローバル化の課題と教育の構築の根拠
●津田和男(北東部日本語教師会、NECTJ,
  国連国際学校、New York)
母語、継承語、バイリンガル研究会
問題
1.理念からカリキュラムへのプログラム(国内教育、地域教育と国際的な背景を持つ日本語教育/継承語教育との関係(問題)内容重視と問題解決的な教育
2.教員集団の研修課題や教室がもつ環境整備(問題)
生徒中心や相互行為的な教室などでの環境整備と教員研修
3.学習者のアイデンティティや動機問題など学習者心理(問題)
  生成的アイデンティティ、教育の持つパラドックス
4.親子や学校社会または継承語社会の様々な課題(問題)
  教育の持つパラドックスやカウンセリングなど
5.政治経済状況の変化による年少学習者の言語環境の変化(問題)
  外国語としての日本語、イマージョン.,日系人,日本語人,帰国子女、国際学校、教室内でのさまざまなハンディキャップ
母語、継承語、バイリンガル研究会
方法
1.研究者からの立場でこの分野と学的な課題と学際的な課題(方法)
内容重視の教育に対する学際的なアプローチ
2.実践者からの学問的実際的なアプローチ(方法)
内発的、自省的、自助的
3.思想と表現思想の乖離が問題にする課題(方法)
  内省思想と表現思想
4.教育思想と政治経済思想の乖離が問題にする課題(方法)
 教育と労働、仕事、創出と画一主義と政治テロルと難民と脱国民
母語、継承語、バイリンガル研究会
 歴史的背景
1.明治立憲君主国家/大正デモクラシー国家と継承語教育
  労働と移民
2.昭和戦前全体主義国家/戦後占領国家と継承語教育
  全体主義(政策的テロル)と棄民
3.昭和高度経済成長国家/平成安定経済国家と継承語教育
  グローバル化と脱国民テロルの復活と活動的ボーダレス
母語、継承語、バイリンガル研究会
教育の方法論的分析
1.作家/作品論的読みからテキスト論的読みへの変化
  作品生産論的視点から作品参加論的視点へ
2.感想文的書記方法からパラグラフ的書記方法への変化
  情緒的理解から論理的把握理解へ
3.教師中心の授業体系から生徒中心の授業体系への変化
  授業体制の崩壊
4.事実暗記中心主義から概念把握主義的な授業体系への変化
  クリティカルシンキング、学際的思考
母語、継承語、バイリンガル研究会
問題の視点
1.難民の生産と拡大再生産を政治体制の根本
  全体主義と画一主義とテロル
2.経済の復権と教育
3.政治の復権と教育
1.労働(生命の維持)
2.仕事/制作(目的?手段)技術
3.活動(相互行為)創出と覚醒
生成的アイデンティティ、教育の持つパラドックス
言語環境の変化と相互集団の形成、統治への意思
最後に
バンドスケールは言語能力をどう把握するのかに視点があり、津田先生のお話は言語教育をどう実践していくの
かというところに視点がある。(川上)
この会は片方の言語だけではなく、子どもの持っている2つのリソースを見ていく。今日は日本語のほうを中心に見ていった。両方を合わせてみていくというのが私たちのねらいである。(中島)