母語喪失を語るための基礎知識-第3回議事録

第3回母語・継承語・バイリンガル教育研究会
「母語喪失を語るための基礎知識」
湯川笑子(京都ノートルダム女子大学)
日時: 2004年2月14日
講演場所: 名古屋外国語大学
1. 言語喪失研究の意義
・ 言語変化の現象を解明するための理論的価値
 人の頭脳の中での変化 → 習得と喪失はプロセスが似ている部分がある。
しかし、第二言語習得などは特によく研究されているテーマである一方で喪失はあまり研究されていないのが現状
・ 教育的意義
  個人の喪失の変化
  Threshhold levelの判断が重要 → 何歳までに移住したかにより母語が  残ったり、消えたりするということが  わかるということで政策にも繋げて  ゆくことができる。
  1980年代からこの分野が認知されてきている。以前からの医学的な、神経言語学などと異なるAttrition(喪失)研究が始まる。
2. 言語喪失とは何か
研究方法:
・ 基準点(Point of reference)どんなコントロール群か?本人のデータは?
・ マクロ的視野 例)世代交代——在日母語保持
・ 個人レベル(Intra individual)の例)
6月—9月までというように設定し、変化を追うなど。
子どもの喪失研究の場合:
 不得意な言語を採集する。移住直後。しかし、データのとりかたが難しい。
例)子どもが3年目、ドイツ語を第二言語として習得。その後アメリカに帰ってきた。6歳と9歳では明らかに喪失の程度が違う。このような場合、先の基準点が大事となる。
言語処理(Processing)*これまでの研究を概観したものはYukawa(1997)参照
視点例として、a)fluency(流暢さ)、b)reaction time(機械を使った時間計測)など。
・ Receptive skills(聞いたり、読んだり)、Productive skills(話したり、書いたり)で、Phonologyは残りやすい。
Olshtain and Barzilay(1991)
5つの単語(pond, deer, gopher, cliff, jar)を使って調査
言語力の喪失度を測りたい—何で測るのか?
・ 単語のテストをする?—どの単語を選ぶのか?
・ しゃべらせて語数を数える?語数が多い方がいいのか?
・ しゃべらせてエラーを数える?
エラーの質を分析?
どれだけ間違ったら喪失なのか?
ただの誰でもするエラーか?
・ 一ヶ月ごとに同じ絵を見せて語りを比べるのか?
・ 早くしゃべれるかどうかスピードをみるのか?
・ ポーズの総秒数を測るのか?
こんな方法が本当に妥当性のある測り方か?
3.喪失を何で(ツール)測るのか?:ツールの妥当性と信頼性
例)Yukawa 1997:p.114
10のツール
1)TTR Type Token Ration 一種類のものを1タイプと数える。
400Token位のデータ収集がないと信頼性にかけるとする文献あり。
2)Code-switching
3)MLU(統語)Mean Length of utterances これも4.0(4.5)以上はツールとしての機 能なし
4)格助詞 格助詞は喪失研究に有効であろう。Yukawaによると、ネイティブスピーカーでも年齢にしたがってレパートリーはふえていることがわかる。(3,5,7歳児で異なる。)また産出した時に助詞が出なくなったりもした。
5)複文
6)エラー 習得過程でだれにもみられるエラーと喪失によるエラーの区別
7)Fluency Intra-constituent pauses分節内でみられるポーズは喪失との関係を示すという先行研究あり。あとのポーズの妥当性は不明
8)Elicited imitation 短期記憶。自らが産出した文章のリピートができないこともある。
9)翻訳 Reynell Developmental Language Scales
10)フィールドノーツ
上記の例がしめすように、喪失を測るのに妥当だと一般に(根拠もなしに)思われているツールが実は信頼性や妥当性に欠けていることがあるので注意が必要。
4.使用する理論的枠組みは?
湯川氏の事例:
“水はあるのに引き出せない”
 現在、高校2年生、中学2年生の二人のお子さんの事例
・ 第一子を生後4ヶ月からハワイにつれてゆく。ハワイでバイリンガルに育て ることを両親で話しあい決める。ハワイでの英語。
・ 一度日本に帰国し、その後、スウェーデンにつれてゆく。そこでは同じ英語 でもイギリス英語。7歳、3歳の子どもは二人ともバイリンガルでスウェー デンの幼稚園入園時には英語力が平均以上といわれた。
→二つの母語のうちの日本語を使わなくとも言いたいことが言えた。つまり、 日本語は使う場もなく、必要がなかった。
・ Regaining、ハワイから日本へ帰国(5歳)、そのときは日常的に弱くなっている日本語を使ったので、さまざまなエラーがでてきた。助詞や動詞、コロケーションがおかしい。
・ Thresholdはその土地で生きてゆくために必要な能力でもある。そして母語の伸長をどこまで持たせるか。これも重要な点である。これをどう見極めてゆくか、この研究会での重要な視点のひとつであろう。
Yukawa(1997) Literature Review40−50ページ参照
・ Retrieval failure versus restructuring/loss of language knowledge(=processing failure versus language loss)
・ Intra-linguistic driving forces(within the attiring language)
・ Inter-linguistic driving forces(under the influence of the other language(s) frequently used)
・ The threshold hypothesis
・ The regression hypothesis
・ Greenユs model—-inhibition, resources
・ From the studies on attrition caused by aging:
ヤresourcesユムworking memory(=processing space)?
Attention span
Mental energy
Infrequent activation of connections between modes
5. 今までの喪失研究でわかっていることは何か?
・何が失われるか? 何でも。どんなに精密に調べるかによって「喪失があった」とも「なかった」とも、いかようにも結果は出しうる。研究の目的をはっきりさせる必要あり。(receptive skills versus productive skills, productive phonology relatively intact)
・関与する要因 age, pre-attrition proficiency, literacy (Yukawa 1997:p.31)
その他マクロ的な研究をするのなら経済、人口、政治、政策、ソーシャルネットワークなどいろいろ他の要因も関連してくる
・ 理論や仮説
—intra-linguistic driving forces(within the attiring language)
—inter-linguistic driving forces(under the influence of the other language(s) frequently used)
Seliger and Vago (1991) First Language Attrition, Cambridge University Press.
—the threshold hypothesis
—the regression hypothesis(See Yukawaユs review, 2001)
・ 日本語、日本人の英語喪失について
—See Hansenユs edited volume, Second Language Attrition in Japanese Contexts, 1999, Oxford University Press
—田浦秀幸の帰国生の英語保持と伸長に関する一連の研究(国際千里中学・高校での英語のケアがある状態での英語の維持と伸び、これをみると喪失はしていない)
—Reez-Kurashigeのデータの中に英語が伸びている事例(1999)がある、報告されていないrehearsingの効果?
・Thresholdは単純ではない
6.何の目的で喪失を研究するのか?
・Seliger and Vago流に言語変化のメカニズムを言語学的に解明することが目 的なのか?
・ 日本のあるコミュニティの言語シフトの全般的な傾向を知るのが目的なのか?
・ 子どもの認知能力の発達を確保するためにL2日本語と助け合える母語の力とはどの程度か、またそのために必要なrehearsing/further learningの量と質を特定するのが目的?
7.避けたいこと
・目的を特定せずに、調査にたまたま便利な言語スキルをたまたま便利な言語 レベルで観察して喪失の有無を語ること
・観察、分析に使うツールの妥当性と信頼性を確かめずに使うこと
8.提案
・ バイリンガルとして子どもたちが生きていくためにどうしても必要な母語能力を定義するための研究
・どの程度のケア(時間、教授内容という変数)で必要な母語能力が維持、伸 長できるのかというlearningとの組み合わせた喪失研究を
<参考文献>
Yukawa, E.(1997) Language Attrition From The Psycholinguistic Perspective: A Literature Review. Centre for Research on Bilingualism, Stockholm University.
Yukawa, E(1998) L1 Japanese Attrition and Regaining: Three case studies
of two early bilingual children. くろしお出版
Hansen, L.(2001)ユLanguage Attrition:The Fate of the Startユ in メAnnual Review of Applied Linguisticsモ Vol.21, 60-73pp. Cambridge University Press.
湯川笑子「第二章 幼少時に学んだ外国語の行方」、京都ノートルダム女子大学 英語英文学科編『応用英語研究論集』、昭和堂 2001年
湯川笑子「ろう者と健聴者のためのバイリンガル教育」、『手話コミュニケーシ ョン研究』37号、38号、40号、42号、44号
講義録文責:藤田ラウンド 幸世